| 830年代、銀山を開いたという四国 伊予の国から来た河野弾正大輔関連の資料を展示しています。周辺に長門町錫製錬所遺跡のスラグがおびただしい量で堆積しており、手前の駐車場もスラグが堆積しているため見学場所にしようと切り明けをしたら隣地の境からもスラグが大量に発見されました。 | ![]() |
【錫製錬ミニ工程場】
| 坑口から運び出された鉱石を20〜30時間焼き、もろくして唐臼で搗いて砕き、小さくしてひき臼にかけて粉にしたものを水洗で純錫と泥を選別。床屋場で錫を溶かし鋳型に流し込んで製品にする過程を再現しています。 | ![]() |
【草笛の丘 三界万霊 異郷の人々】
| 600年代〜800年代頃、韓国や中国の鉱山技術者とその家族、修行者などの暮らしに関わっていた場所で、上の台地には小さいながら異境の人々の顕彰碑や乳地蔵などがあります。「ふるさとを恋ふる異郷の人々にせめて手向けんひともとの花」心をこめてツツジや紅葉、満月ロー梅など花木を植え込んでいます。 | ![]() |
【願掛け乳地蔵】
| 子どもは宝物。昔、産後にお乳が出ないとき「お乳を恵んでください」と願をかけたり、「お乳を預けますから、後の子にお乳が少ないときは恵んでください」と大きなお椀にお乳をいっぱい絞り込んでお供えして、お地蔵様に願掛けが行われていたそうです。 | ![]() |
【金山守護神】
| 江戸時代初期、大繁盛していた天神原の鉱山で事故が多発したとき、小庄屋の3姉妹から長女が選ばれ人柱にされ、後に金山守護神としてお祀りされたそうです。展示館を建設して、ご祈祷した際に現れ「私も加えて欲しい」といわれましたので、小さいながら新たな場所でお祀りをさせていただくようになりました。 | ![]() |
■仙祥郷
日本武尊と弟橘媛の御子 初禰姫誕生。武平治と結婚、系列の始祖となられた仙祥郷の物語などを和歌にしてご紹介も行っています。
■徳台庵
1700年代の終わり頃、髪の長い琵琶弾きの女性が来て、坑夫や遊女の霊を弔ったのがきっかけで、御金堀師 植木武平治が一門の菩提寺に「徳台寺」をおこしたという。現在徳台墓地と寺屋敷が残っています。
■ミャージャカ地蔵
1167年高倉天皇の頃、中国から鉱山技術者の一行が渡って来たとき同行した渡来僧で優れた霊能者。本名は宋泰竜。本来の役目の他、坑内の安全と現状分析、掘り進める方向を占うなど鉱山師の暮らしの中で重要な役割を果たしていました。
■金梅仙が宿るムラおこしの岩
600年代の終わり頃、韓国から渡来した中国系の鉱山技術者。秦の武帝を信奉する優れた霊能者で、山岳信仰をしながらムラ興しにも取組んだ。最初 「木浦(もっぽ)山」と呼ばれたが、天平元年、宗教闘争で勢力が逆転、「きうら」と呼ばれるようになったと言われる。佐藤大膳と武平治とは義兄弟のように絆が強かった。








